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| 『天正六年二月 上諏訪造宮帳』塩田十二郷の負担分 |
「三御柱小縣郡 塩田拾二郷」(1578)の各郷(村)の数値をグラフにしてみました。気付いた点です。
・「塩田拾二郷」とありますが記載は11郷。記載のない村落は、八木沢、舞田、保野、山田、野倉、十人。舞田・保野は小泉庄の時代がある。他は隣接する別所や手塚等と一括だったのかも。東西松本郷は(もしかしたら下之郷も)元は一郷だった?
(初期の塩田十二郷は、例えば、松本郷、柳沢郷、本郷、五加郷、小島郷、中野郷、前山郷、手塚郷、山田郷、八木沢郷、別所郷、野倉郷?)
・負担の数字と村の規模の関係は不明確ですが、中世は近世以降よりも上流部の村の規模は相対的に大きかったのかも。
・西松本郷と下之郷は代官が同じ市左衛門尉。安曽神社と下之郷明神(現在の生島足島神社)を管轄していた?
・柳沢郷が西松本郷と別になっている。何度か合併・分離をした?
『天正六年二月 上諏訪造宮帳』(1578)
三御柱小縣郡 塩田拾二郷
西松本郷 三貫五百文 代官 市左衛門尉
東松本郷 三貫文 代官 左近丞
手塚郷 四貫五百文 代官 弥衛門尉
別所郷 参貫文 代官 右衛門尉
魔山郷 四貫文 代官 小衛門尉
五家郷 壹貫五百文 代官 与五左衛門尉
柳沢郷 壹貫五百文 代官 内蔵助
小島郷 六百文 代官 半七郎
中野郷 八百文 代官 金子三助
下之郷 七百五十文 代官 市左衛門尉
本郷 壹貫文 代官 小左衛門尉
合廿四貫百五十文
右之拾貮郷ヨリ此外三貫七百五十文小祝分
小池右近丞取之
厩山、魔山
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