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2026年4月28日火曜日

黒色頁岩(ブラック・シェール)

別所層の黒色頁岩
別所層の黒色頁岩

上田市にも分布する別所層は主に黒い泥岩の地層で、この泥岩は黒色頁岩(Black shale)とも呼ばれます。
フォッサマグナの深海底に堆積したもので、自分にとっては魚や貝などの化石が見つかる石という理解でしたが…
シェールオイル、シェールガス、オイルサンド等の言葉を聞くようになって、石油と黒色頁岩の関係について聞かれることがありました。

調べてみると、黒色頁岩は石油分の根源岩(ソースロック)であり、貯留岩(リザーバーロック)でもあるようです。石油分を含んでいて抽出は可能ですが、採算が取れるケースは限定的。最近の技術でも、岩石から分離している油分が豊富で抽出が可能で、原油価格が高ければ、やっと採算が取れるというような状況。環境への負荷も小さくない…

戦時中は中国大陸で採掘をしたそうです。この辺では褐炭等の試掘・採掘や松根油の話はありますが、頁岩の乾留のようなことを試していたかどうかはわかりません…

石油の抽出は難しくても、各地の黒色頁岩や貯留岩の油分について実験で調べて比較できたら面白いかも… 勉強不足でわかりませんが…

(ただし、別所層は化石産出層なので、産地情報の扱いには注意が必要。魅力的な情報発信が、集中による破壊・荒廃に繋がることも…)

夏休みの化石採集(7)
https://kengaku5.hatenablog.com/entry/34695517


今年のお花見…
沙汰無くも一人咲きけり山桜
虫追うて蛙や花に這い上がり
花の間に見え隠れせり笑い面
楽絶えて星夜に花の残りけり
折々の花読みなれや茶飲み客


2026年3月30日月曜日

ペーパークラフトの改良(改)

柱状節理のペーパークラフト
柱状節理のペーパークラフト(改)

柱状節理のペーパーモデルは、その後、ケースをマッチ箱型に戻して、内箱側面の上半分を切り取ってみました。柱を箱に入れたまま動かすことができて、持ち運びも特に問題ありません。箱の強度は低下しますが、石の標本のように重さで歪むようなことはなく、問題なし。
ただ、内箱の出し入れの際に、中の柱の頭が外箱に接触しました。内箱が傾きと歪みのために浮くようで、内箱側面がそれを防いでいたわけです。側面の上部を少し残すか、歪みを減らすか、箱と柱の高さの差を増やすか。歪みを抑制するのは難しいので、高さの余裕を大きくすることになりそう…(作りやすく、多少歪んでも機能に問題がないことが目標)

ペーパークラフトの改良
https://kengaku2.blogspot.com/2025/12/blog-post.html


2025年12月31日水曜日

ペーパークラフトの改良

柱状節理のペーパークラフト
柱状節理のペーパークラフト

以前作った柱状節理のペーパーモデルを改良してみました。と言っても、ケースをマッチ箱型から蓋付きに変えただけですが。これまでは、ケースから出して、遊んで、ケースに入れる、という使い方でしたが、蓋付きケースなら、蓋の方で並べて、戻すときはそのまま下のケースを被せるだけでいいので簡単、ということを急に思い付きました。
作ってみると、確かに簡単になって良い感じ。
ところが、ケースを片付けようと持ち上げたとき、蓋だけ持ってしまい、下のケースを倒して中身をこぼしてしまいました。マッチ箱型では起きなかったことで、この扱いにくさは大きなマイナス。
もう少し考えてみます。


光さす雪の郡の煙かな
年神の魚も見るや冬銀河
泣き叫ぶ子等にも年は改まり

ほろ酔いて福神過ぐる宿の門
古家にて屠蘇を勧むる声聞けり
初業の鬼や神仏食らいおり

2025年11月28日金曜日

コレクションと研究、2つの好奇心

野倉民俗資料館にある(あった?)魚化石
野倉民俗資料館にある(あった?)魚化石(丸子町誌自然編 P71)

川原の小石標本
川原の小石標本(例えば10種を5回集めて仮分類してみたり)


UCVレポートで塩田西小学校の石研究会の話題がありました。
内容はこれから考えるそうで、色々試してみるのかも。

もしプレゼンテーション要素を加えてもらえるなら周りは楽しいです…
例えば、お気に入りの石を持ち寄って紹介をしていたので、その延長で、石コレクションのミニ企画展のような展示を作ってみるとか。学校の中で展示して感想や質問を書いてもらったり、公共施設や他の学校へ巡回したり。
地域内外でミニ博物展示の交換をするような活動があったら(周りは)楽しいかも…

石コレクションのテーマは自由で、身近な所では、地元の石とか、学校(新旧)の理科標本の紹介とか。
塩田中学校の保科百助の長野県地学標本(東塩田小と中塩田小にあったもの)、野倉民俗資料館の岩石鉱物化石標本、上田創造館の鉱物・岩石・化石展示室の紹介とか。

(コレクションと研究は重なる部分もありますが、対立する部分もあります…… 地味にゆっくり楽しむのも良いのかも……)

川原の石ころ標本
https://kengaku5.hatenablog.com/entry/36210497
アイスクリーム・コーン・ゾンビ?
https://kengaku2.blogspot.com/2025/10/blog-post.html


2025年4月29日火曜日

アーカイブ・エディティング

上田地域千曲川自然電子図鑑 上田地域の地形・地質
「上田地域千曲川自然電子図鑑 上田地域の地形・地質」(非公開中?)

gooブログ(2004年3月~)が終了するそうで、また、多くの記録が消滅します。イベントレポートとか、団体の活動記録とか、重要性は不明確でも、失うには惜しいものもたくさんあるのでは……
図書館、博物館、学校等で、本等の媒体を収蔵するように、一定の有用性があるウェブコンテンツを普段から収集するようなことはできないでしょうか……

・個人や団体が作ったコンテンツを収集して、長く再利用できるような仕組みがほしい。
・即興的で完成度・信頼度が中程度のコンテンツが主な対象。
・ここで言う「アーカイブ・エディティング」は、デジタルアーカイブについての作業全般のこと。設計、運用、コンテンツの作成、作成依頼、収集、編集、保守、利用等。
・現在のウェブサービスと範囲は同じで、コンテンツの蓄積を前提としていることが特徴。各種サービス+アーカイブ機能。

残したいコンテンツというのは、例えば……

上田地域千曲川自然電子図鑑
http://edu.umic.jp/zukan/

上田小県地方の希少生物
http://kisyoseibutu.web.fc2.com/
(上田・小県の自然 http://www.geocities.co.jp/NatureLand/2876/index.html)

上田地域千曲川自然電子図鑑が見つからない?
https://kengaku2.blogspot.com/2023/12/blog-post.html


今年の花見…
花曇りいずこの鐘の響くやら
命にも無為の時あり春嵐
降りかかる花の香りの時雨かな


仏像は動く、菩薩立像の謎
https://kengaku2.blogspot.com/2025/03/blog-post.html
幻のクジラ化石名?
https://kengaku2.blogspot.com/2024/10/blog-post.html
大正13年大干ばつ100年 ~お地蔵様と生きるまち?
https://kengaku2.blogspot.com/2024/03/13100.html
もう一人の林東馬の謎
https://kengaku2.blogspot.com/2024/07/blog-post.html
北条国時、北条時春の勅撰集和歌
https://kengaku2.blogspot.com/2024/06/blog-post_24.html
もの恋し火ともしころを散る桜
https://kengaku2.blogspot.com/2024/05/blog-post.html


2023年12月5日火曜日

上田地域千曲川自然電子図鑑が見つからない?

上田地域千曲川自然電子図鑑
上田地域千曲川自然電子図鑑のトップページ

「上田地域千曲川自然電子図鑑」が見つからず… 消えている?(旧URL http://edu.umic.jp/zukan/)
変更はリニューアル時でしょうか? 「ウェブサイト 34点」とありますが、現状は29? (上田市景観マップとロケ地探訪マップは一覧にはないですが、ページはありました。黙って変更・終了? デジタルアーカイブ事業を担っている所が?)

ホームページ「上田市デジタルアーカイブポータルサイト」をリニューアルしました(2023.6.16)
https://www.umic.jp/umic/topics/2023/post-1740616.html
上田市景観マップ
https://map.umic.jp/
信州上田 ロケ地探訪マップ
https://map.umic.jp/location/


デジタルアーカイブの評価方法、基準、指標 等について、長期利用はもちろん、他にも不十分に感じる点は多いです。 実験的な取り組みを抑制しすぎるのはよくないですが…

致命的になりそうな問題
・最大データ量での運用テストは行っている?(件数増加で利用困難になる?)
・誤情報が非常に多く、"他人まかせ"では訂正が追い付かず、必要な品質を確保できない?

デジタルアーカイブ推進に当たってのガイドライン等
デジタルアーカイブアセスメントツール(ver3.0)
https://www.kantei.go.jp/jp/singi/titeki2/digitalarchive_suisiniinkai/index.html


2023年10月31日火曜日

長野県地学標本 寄付金の謎

「通俗滑稽信州地質学の話 五無斎復讐心に富む事」(信濃毎日新聞 明治36年1月11日)
「通俗滑稽信州地質学の話 五無斎復讐心に富む事」(信濃毎日新聞 明治36年1月11日)


保科百助(1868-1911)「長野県地学標本」製作での"寄付金破約"の経緯は、今も未調査のまま…
避けては通れない話なので、あまり根拠のない推測ですが、書いてみます。

軍への寄付に備えるように、教員に対して指示・示唆があった可能性は考えられないでしょうか。
・日清戦争(明治27年~28年)では、学校で寄付金を取りまとめることが多く行われました。
・採集旅行(明治34年~35年)は、義和団の乱(明治33年~34年)、日英同盟(明治35年1月30日)の頃。日露戦争は明治37年2月~明治38年10月。
・明治34年5月に採集旅行を開始。夏頃(7月~9月頃?)には資金が枯渇したので、破約は5月~6月の頃でしょうか。(「二ヶ月間許りは長野市の某下宿屋に下宿籠城となりたり僅々数円の下宿料にも究するなり」『信濃毎日新聞』明治36年1月11日1面)
・寄付をしたのは師範学校同窓生等で教育関係者。明治34年4月30日の退職広告で上層部に反感を持たれ、協力しないように圧力をかけられた? そのための口実として軍への寄付の準備が利用されたとか…
・標本頒布の募集でも同様の圧力の恐れがあり、その対策として、皇室への献納を行ったのではないでしょうか。(発案が保科百助かどうかはわかりませんが。)

長野県地学標本の寄付金の謎
https://kengaku5.hatenablog.com/entry/30556999


『信濃毎日新聞』明治36年1月11日1面より

通俗滑稽信州地質學の話
  五無齋保科百助述
⦅四⦆五無齋復讐心に富む事
孔子《こうし》曰《いは》く怨《うら》みをかくして其人《そのひと》を友《とも》とするは
左丘明《さきうめい》之《これ》を愧《は》づ丘《きう》も亦《また》之《これ》を愧《は》づと五無齋《ごむさい》に
至《いた》つては怨《うら》みある人《ひと》を友《とも》とする事《こと》を好《この》まざ
るのみならず面當《つらあて》に復讐的《ふくしうてき》に一と仕事《しごと》仕事《しごと》
をして見《み》せてやらんと欲《ほつ》するなり前段《ぜんだん》にも
記《しる》し置《お》きたりしが如《ごと》く予《よ》は漫遊《まんいう》の旅費《りよひ》とし
て山禎《さんてい》以下《いか》八九人《にん》の諸君《しよくん》より助力《ぢよりよく》を得《え》て四
百五十圓《ゑん》許《ばか》りの額《かく》に達《たつ》したりければ是《これ》さへ
あればとて大《おほい》に喜《よろこ》び乃《すなは》ち漫遊《まんいう》の途《と》に上《のぼ》りた
り當時《たうじ》予《よ》の心中《しんちう》には口《くち》でこそ四百五拾圓《ゑん》な
れ親子兄弟《おやこきやうだい》の關係《くわんけい》あるに非《あら》ず刎頸《ふんけい》の交《まぢは》りあ
りと言《い》ふにもあらず言《い》はゞ普通《ふつう》一偏《ぺん》の寄附《きふ》
金《きん》や草鞋錢《わろじせん》なり寄附金《きふきん》や草鞋錢《わろじせん》としては少《すこ》
しく巨額《きよがく》なるを感《かん》ず若《し》かず一日《にち》も早《はや》く漫遊《まんいう》
を終《をは》り採集《さいしう》を果《はた》して是《こ》れ等《ら》の人《ひと》に報《むく》ゆると
ころなかるべからずと日毎々々《ひごと/\/\》に金槌《かなづち》を振《ふ》
り廻《ま》はし歩《ある》きたるに標本《へうほん》は愈《いよ/\》集《あつ》まりて愈《いよ/\》
多《おほ》く百種《しゆ》位《くらゐ》にては止《とゞ》まるべくも見《み》えず三百
にも近《ち》かゝらん一日《にち》に一種《しゆ》宛《づゝ》を得《う》るとする
も三百日《にち》を要《えう》すべきに其後《そのご》寄附金《きふきん》は破約《はやく》の
緒《いとぐち》を開《ひら》きたり一昨年《さくねん》の夏頃《なつごろ》は随分《ずゐぶん》究厄《きうやく》に
陥《おちゐ》りたるなり二ヶ月間《げつかん》許《ばか》りは長野市《ながのし》の某《ぼう》下《げ》
宿屋《しゆくや》に下宿籠城《げしゆくろうじやう》となりたり僅々《きん/\》數圓《すうゑん》の下宿《げしゆく》
料《れう》にも究《きう》するなり俸給《ほうきふ》を取《と》り居《を》る身《み》にても
あらば友人《いうじん》を訪《と》ふて借《か》りもしまじを収入《しうにふ》な
き身《み》の金《かね》を借《か》りに行《ゆ》くは返《かへ》すべき目當《みあ》ても
なければ体《てい》のよき乞食《こじき》なり然《しか》らば惡《わ》るロ職《くちしよく》
を辞《じ》して還俗《けんぞく》せんか曰《い》はく否《いな》大《おほい》に否《いな》抑々《そも/\》惡《わ》
る口《くち》の職《しよく》たる何《いづ》れの官省《くわんしやう》よりも辞令《じれい》を受《う》
けたる事《こと》なければ名宛《なあて》を認《したゝ》むるによしなく
名宛《なあて》のなき辞表《じへう》は郵便集配人《いうびんしふはいにん》も大《おほい》に當惑《たうわく》せ
ん然《しか》らば漫遊《まんいう》を繼續《けいぞく》せんか旅費《りよひ》の續《つゞ》かざる
を如何《いかん》せん進退《しんたい》維《こ》れ谷《きは》まりたれども亦《また》つく
/゛\思《おも》ふやう若《も》し此儘《このまゝ》にして打過《うちす》ぎなば世《せ》
人《じん》は予《よ》を何《なん》とか評《ひやう》せん法螺百《ほらひやく》は依然《いぜん》法螺百《ほらひやく》
にして天下《てんか》亦《また》予《よ》と齒《よはひ》せざるに至《いた》らん然《しか》れど
も法螺《ほら》の豫告《よこく》に變《へん》じたる事《こと》歷史上《れきしじやう》其例《そのれい》に乏《とぼ》
しからず新言海《しんぜんかい》に曰《いは》く法螺《ほら》の責任《せきにん》を果《はた》した
るもの之《これ》を豫告《よこく》と云《い》ふ豫告《よこく》なる哉《かな》豫告《よこく》なる
哉《かな》若《し》かず如何《いか》にもして漫遊《まんいう》を終《をは》り採集《さいしふ》を果《はた》
さんにはと例《れい》の山禎《さんてい》に泣《な》き付《つ》き旅費《りよひ》を整《とゝの》え
玆《こゝ》に芽出度《めでたく》二ヶ年《ねん》の漫遊《まんいう》を果《はた》し四百餘種《よしゆ》三
萬餘塊《よくわい》の標本《へうほん》を採集《さいしふ》し終《をは》るに至《いた》りたるなり
是《こ》れ予《よ》が破約者《はやくしや》に對《たい》しての復讐心《ふくしうしん》なり面當《つらあて》
的《てき》行為《かうゐ》なり然《しか》れども予《よ》は今後《こんごは》是等《これら》の諸君《しよくん》に
對《たい》しては感謝《かんしや》の意《い》を表《へう》せねばならぬなり。
そは是《これ》にて寄附金《きふきん》の募集《ぼしふ》すべからざるもの
なること人心《じんしん》の賴《たの》むに足《た》らざるものなる事《こと》と
の眞理《しんり》を發見《はつけん》したり今後《こんご》何等《なんら》の事業《じげふ》を經營《けいえい》
するに當《あた》つても予《よ》はチビ/\したる細《こま》かき
寄附金《きふきん》は募集《ぼしふ》せざるべし他人《たにん》の御影《おかげ》は蒙《かふむ》ら
ざるべし即《すなは》ち今回《こんくわい》破約者《はやくしや》に對《むか》つて發見《はつけん》した
る眞理《しんり》は挙々服膺《けん/\ふくやう》して終生《しうせい》忘却《ぼうきゃく》せざらんこと
を期《き》するものなり然《しか》れども讀者諸君《どくしやしよくん》怨《うら》みも
面當《つらあて》も漫遊《まんいう》を終《をは》り採集《さいしふ》を果《はた》すと同時《どうじ》消滅《せうめつ》し
て跡形《あとかた》もなし五無齋《ごむさい》の心事《しんじ》光風晴月《くわうふうせいげつ》の如《ごと》し

2023年5月3日水曜日

黒色頁岩の模型(2)

黒色頁岩の模型(取り外した状態と埋め込んだ状態)
黒色頁岩の模型(取り外した状態と埋め込んだ状態)

化石の代わりに玄能石を埋め込んでみました。
2つ合わせて、頁岩を割ると中から現れるというギミックになる… はずだったのですが、歪みのために、ぴったりには、はまらず…

魅力アップと情報発信の反比例
https://kengaku2.blogspot.com/2022/04/blog-post.html
箱入り模型
https://kengaku2.blogspot.com/2020/05/blog-post_24.html
高温石英の模型
https://kengaku2.blogspot.com/2020/06/blog-post.html
石の模型
https://kengaku2.blogspot.com/2020/04/blog-post_21.html


2023年4月22日土曜日

木の葉石

三葉マツの化石
三葉マツの化石(約18cm)
『坂城町胡桃沢化石群の調査報告』(1979)より

貝原益軒(1630~1714)『大和本草 巻之三』(宝永6 1709)に「木ノ葉石」があり、産地の中に「信濃善光寺ノ近所榊ト云處」がありますが、「榊」は坂城のことでしょうか。
「硯ニスヘシ」ともあって、化石を含む粘板岩や硬い泥岩をイメージしていたようです。
「木ノ葉石」の前にある「花紋石」には「其形状各其物ノ形體備レリ 魚ナト只其形似タルノミニ非ス 頭目鬐鱗尾ノ形皆眞ト相同シ」(鬐:魚の背びれ、馬のたてがみ など)とあるので、植物化石だけでなく、産地はわかりませんが、魚化石も見ていたようです。

貝原益軒は筑前の人で、貞享2年(1687)に中山道を歩き、後に『木曽路之記』(宝永6年1月自序 1709)を書いているので、どこかで誰かの標本を見たのか、それとも何かの書物からの引用か、と思って探してみたのですが、今のところ見つからず…

貝原益軒『大和本草 巻之三』(宝永6 1709)
https://dl.ndl.go.jp/pid/2557465/1/20
木ノ葉石 其石ノスヂメ木葉ノ如シ 會津羽黒山ノ北ノ麓 筑紫宗像大宮司宅ノアト 信濃善光寺ノ近所榊ト云處ニ何レモ木ノ葉石アリ 其外諸州ニアリ ワリテ中ニモ同紋アリ 硯ニスヘシ 是花紋石ノ類ナルヘシ

貝原益軒『木曽路之記』(正徳3 1713)
https://dl.ndl.go.jp/pid/2536871


地質見学には良い季節ですが、産地情報になるので発信は控えめにしています。(マナーの悪い人へのガイドにもなることを自覚して… あまり人を恐れないクマの出没も増えてきているようで、これまで以上の警戒も必要かも)
同様に、受け入れ態勢のない観光コース(候補?)も、少し人が増えるだけでも、トラブルや不快感に繋がったりするので、慎重に… (私有地の撮影・紹介等は、一度許可を取っても結局トラブルになることも… 合意不足、投棄、侵入、毀損、盗難等)

第三紀層地すべりの記事
https://kengaku2.blogspot.com/2023/04/blog-post.html
大行満 願海 生誕200年 没後150年
https://kengaku2.blogspot.com/2023/04/200-150.html
別所温泉駅 夫婦道祖神
https://kengaku2.blogspot.com/2023/03/blog-post.html
武石の石造文化財マップ(ブセキ など)
https://kengaku2.blogspot.com/2023/02/blog-post.html


2023年4月13日木曜日

第三紀層地すべりの記事

別所愛宕山で地すべり(広報うえだ 昭和50年7月16日)
地すべりの記事(広報うえだ 昭和50年7月16日)

昭和50年(1975)の広報うえだにあった地すべりの記事です。
別所層、青木層、小川層 等、地表近くの泥岩は水にはだんだん砕けて溶けて行きそう…
山沿いはどこでも「崖はいつか必ず崩れる」という言葉を忘れてはいけないのでしょう。

『広報うえだ 昭和50年7月16日』より
別所愛宕山で地すべり 人家に被害なし 「対策本部」設置、応急措置行う
 七月三日、降り続いた長雨のため地盤が軟弱化した県道別所鹿教湯線の別所愛宕山地籍(北向観音裏)で、幅六十メートル、長さ三十メートルにわたり地すべりが発生。
 現場に駆けつけた市長が直ちに「別所愛宕山地すべり現地対策本部」を設置しました。
 地すべり地籍の北側にある旅館一軒、県道をはさんで向い側にある農家、みやげ店など三軒の客や家族の避難、家財道具の運び出しを行う一方、建設事務所が地すべり警報装置を取り付けるとともに、地元消防団、上田消防署および、地元自治会、森林組合などが、愛宕山にある愛宕池の減水、現場の立木伐採、土のう積みなど応急措置を行いながら、三、四日にわたり警戒監視体制をとり、市役所本庁にも「対策本部」を設置しました。
 地すべりを最少限度に抑えるため、三日午後から、地すべり地籍の土砂を上から約十五メートル、約五千立方メートルを削り取る作業を行いました。
 この措置により、人家に対する災害は回避できました。削り取った土砂の取り除き作業を六日から行っていますが、土砂の量が多いため約十日間位かかる予定です。
 また、市長も応急措置の陣頭指揮を取りながら、避難した四軒を見舞い、突然の災害におどろいている家族の皆さんを励ましました。

上田市災害ハザードマップ ※ホームページに誤りがあるので「まとめてダウンロード」でも確認を。(「建物被害マップ」の一部が「洪水・土砂災害マップ」)
https://www.city.ueda.nagano.jp/soshiki/kiki/1434.html
上田地域(地すべり)(※「区域の名称」が一部変?)
https://www.city.ueda.nagano.jp/soshiki/kiki/2504.html


大行満 願海 生誕200年 没後150年
https://kengaku2.blogspot.com/2023/04/200-150.html
別所温泉駅 夫婦道祖神
https://kengaku2.blogspot.com/2023/03/blog-post.html
武石の石造文化財マップ(ブセキ など)
https://kengaku2.blogspot.com/2023/02/blog-post.html

2023年2月26日日曜日

武石の石造文化財マップ

異なる形のブセキを組み合わせた図(だるま?)
異なる形のブセキを組み合わせた図(だるま?)

「双体道祖神でめぐるおさんぽマップ」ができたとのこと。
(この企画で言っている「石造文化財」は「双体道祖神」?)
松本方面からの影響も大きいのでしょうか。
道沿いには他にも、道標、馬頭観音・大日如来などがありそう。

武石地域振興課 石造文化財マップの作製
https://www.city.ueda.nagano.jp/soshiki/ttiiki/

ブセキのキャラクターキーホルダーも作って配ったそうで、続編も期待… (フィギュア製作が可能なら(立科でも長野でも良いのですが)保科百助(五無斎)と岩石鉱物化石のシリーズはできないでしょうか。ファーブル昆虫記みたいな…)

昔はブセキを"緒締め"にしたとも言われます。実物を見たことはありませんが。
(元々黄鉄鉱なので、穴をあけたり表面を加工すると分解しやすくなり、残りにくい?)

異なる形を組み合わせたりもしたのでしょうか。
ちなみに、小山真夫が、ブセキが2個結合しているのを猫ブセキと呼ぶと書いていましたが、一般的な呼称というより、小山真夫の家か近所に、猫に見立てられるようなブセキがあったのかも。今もどこかに残っていないでしょうか…

※このマップや「ともしびの里暦」では、ブセキや(緑簾石の)焼餅石を紹介していますが、天然記念物(市指定)であることは書かれていません。鉱物や化石は動植物のような再生はしないので、持続的な"活用"には課題がつきまといます。(公園周辺を整備した頃には、岩石が多く出て、ブセキも多く見つかったと思います。採集目的で崖を崩す人もいたかもしれません。大きな結晶から減って行き、今は意外と見つかる小さな結晶もいずれ見つかりにくくなるのかも…)
※カルタの題材になった武石小学校の焼餅石は緑簾石ではない可能性があります。
武石小学校の焼餅石の謎、高師小僧
https://kengaku2.blogspot.com/2021/01/blog-post_25.html

北条義政の勅撰集和歌
https://kengaku2.blogspot.com/2022/09/blog-post.html
北条重時の和歌
https://kengaku2.blogspot.com/2022/08/blog-post_28.html
両参りと片参りの謎(北向観音、善光寺)
https://kengaku2.blogspot.com/2022/03/blog-post.html
義仲願状、三島社
https://kengaku2.blogspot.com/2022/02/blog-post.html
義仲・鎌倉 Year
https://kengaku2.blogspot.com/2022/01/year.html
鎌倉殿と信州上田
https://kengaku2.blogspot.com/2021/12/blog-post.html


2022年7月14日木曜日

ウィーン万国博覧会(明治6年)の地学標本

WIEN CATALOGUE DER KAISERLICH JAPANISCHEN AUSTELLUNG
『WIEN CATALOGUE DER KAISERLICH JAPANISCHEN AUSTELLUNG』(1873)より


ウィーン万国博覧会(1873)の資料はいろいろ残っていますが、まだよくわからないこともたくさん。

原田準平「明治以後の鉱物学界」(地学雑誌 vol.63 1954)
https://doi.org/10.5026/jgeography.63.3_166
明治6年(1873)オーストリアのウィーンで万国博覧会が開かれた際,わが国の政府はこれに賛同し,全力をあげてわが国からの出品をさかんにした。当時政府は各府県に命じて,各府県に産する鉱物を蒐集し,その一部をウィーンに送り,一部は東京に保存し,後にこれを博物局に保蔵した。これはわが国における鉱物蒐集の嚆矢であつたが,その標本の多くは鉱石であり,学術上の価値のあるものは少なかつた。ウィーンに出品したものは,オーストリアの専門家にその研究を依頼したが,その研究の結果は同博覧会の報告のなかに発表された。本邦に保存されたものについては,和田が修学中,それを研究させられた。これは本邦産鉱物の学術研究の濫觴である。


『澳国博覧会出品目録』(東京国立博物館 所蔵)
博覧会のための蒐集品の目録(出展品ではなく)
原典画像の公開等はない?

『ウィーン万国博覧会 日本帝国出品目録』(1873) ※博覧会出展品の目録?
(WIEN CATALOGUE DER KAISERLICH JAPANISCHEN AUSTELLUNG)
https://webarchives.tnm.jp/imgsearch/show/C0080769

『WIEN CATALOGUE~』の Shinano(信濃国)の地学標本(12種 15標本)
 No   Gegenstand (※和名は推測)
 34   Braunkohle 褐炭
 51   Bergtheer 石脳油(原油?)
 54   Schwefel. 硫黄
 60   Schwefel. 硫黄
 86-87 Bergkrystall 水晶
 88 B Rother Eisenkiesel 赤い鉄石(鉄石英?)
 90 B Achate 瑪瑙(アゲート)
 98   Damolit ドロマイト
102-103 Asbest アスベスト
180   Eisenkieskrystalle 黄鉄鉱結晶?
192   Magnet-Eisensand 砂鉄
201   Magnet-Eisenerze 磁鉄鉱石?
299   Silbererz 銀鉱石?

産地は旧国名(ローマ字表記)だけで、具体的にはわかりません。
鉱物・岩石の名称も当時のもので、調べるのはなかなか大変…

『WIEN CATALOGUE~』は日本で外国人指導下で作成したものでしょうか?
「オーストリアの専門家にその研究を依頼した」結果も含まれている? それはまた別?


両参りと片参りの謎(北向観音、善光寺)
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義仲願状、三島社
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義仲・鎌倉 Year
https://kengaku2.blogspot.com/2022/01/year.html
鎌倉殿と信州上田
https://kengaku2.blogspot.com/2021/12/blog-post.html
Japan Heritage fake ley line
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2022年6月20日月曜日

信濃国古器集録 成沢寛経 矢嶋行康 井上寂英

『信濃国古器集録』雷斧
『信濃国古器集録』雷斧 長壱尺五寸(約45cm イッカクの角?)

『信濃国古器集録』は明治時代初期の信濃の愛好家や寺社の所蔵品の図を集めた冊子。約40頁。詳細は不明。
https://kotenseki.nijl.ac.jp/biblio/100323866

実相院「石剣」(独鈷石?)、龍洞院(上青木)「缶」(壺?)、東昌寺「浦野美濃守友久 木印」等、今もあるでしょうか。

蔵印「杉園」は 小杉榲邨(すぎむら)(1835-1910)

原昌言(良平 1820-1886) は『弘化丁未信濃国大地震之図』でも知られています。

「成澤金兵衛蔵」「成澤蔵」は明治時代の金兵衛(世襲名)のことかもしれませんが、元は成沢寛経(金兵衛 七郎左衛門 1797-1868)の所蔵品の可能性があります。寛経は家業のために書籍等を多く処分したそうなので、手元に残したものか、その後新たに入手したものか。

飯山の井上寂英(1842-1916)は真宗寺の住職。真宗寺に下宿した保科百助もウニコールの角を見たのでしょうか。

矢嶋行康(吉太郎 1836-1895)所蔵の「石鏃」は玄能石に見えます。もしも原寸大なら約20cmで「石鏃」「矢の根」と呼ぶには大きめ。上田産か、北国街道沿いなので越後産の可能性も。もしかして、海野宿の資料館にあったりするのでしょうか…

両参りと片参りの謎(北向観音、善光寺)
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義仲願状、三島社
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鎌倉殿と信州上田
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2022年5月9日月曜日

鉱物キラキラエンドとフィールドビンゴ

安山岩?
石ころの断面 輝石安山岩?

流紋岩?
流紋岩 斜長石 石英 白い微結晶の丸い塊はクリストバライト?

緑色凝灰岩または石英閃緑岩?
緑色凝灰岩または石英閃緑岩? 空隙に緑簾石

久しぶりの川原の石ころ観察会。人数を少なめにすれば比較的やりやすいのかも。

フィールドビンゴは、縦が色、横が形・模様、特徴の組み合わせで小石を見つけるというゲームでした。カードが何種類かあって、もしも全部埋めようとしたら、時間はかかりますが良い勉強になりそう。

「鉱物キラキラエンド」というのは、「キラキラして綺麗」で おしまいにしないで、どうかそれを観察の入口にしてください、というお話でした。


フィールドビンゴ(ネイチャービンゴゲーム)は、身近な場所で多く楽しまれているようです。
西部地域デジタル写真展 花桃のイベント2022
https://d-commons.net/seibu?c=&p=8824
UCVレポート 2022年5月6日(金)
https://ucv.co.jp/program/cat_prg/report/


各自でカードを持つと、周囲への注意が低下する人もいるかもしれないので、グループ毎に持つ方が野外では安全かも。

個人的な好き嫌いというだけですが、自然の中に人工的アートを置くのはあまり好きではないです。ワロックとかもだめな方…

自然石のボルダリングは、磐座とか神聖視されている場所もあるので注意が必要…
いつもクマにおびえ、人の目におびえながら里山歩きをしているので、そんな気がかりばかり…

両参りと片参りの謎(北向観音、善光寺)
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義仲願状、三島社
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義仲・鎌倉 Year
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鎌倉殿と信州上田
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魅力アップと情報発信の反比例
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2022年4月7日木曜日

魅力アップと情報発信の反比例

放射状集合体の模型
放射状集合体の模型

展開図
展開図


展開図
展開図


岩石のペーパークラフトに再チャレンジしましたが、どうも今回も失敗。
手間と品質のバランスが重要で、時間をかけて苦労して作って、結局うまくできなかったり、無価値に思われるとしたら、やらない方が良いわけで…
上の展開図(A6サイズ)を使って、折り線引き、切り取り、組み立てに1個30分程かかりました。
球体(12x9面)を4分割してさらに3分割したもの、その一部分を2つ接合したもの。四角柱はこんな破片もなくはないという程度。

できることを少しずつ、あきらめずに… 実際は(春先は地質観察には良い時期ですが)昼間の時間が取れないので仕方なく、ですが…

蛇骨石のペーパークラフト
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結晶集合体の模型
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高温石英の模型
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箱入り模型
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石の模型
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両参りと片参りの謎(北向観音、善光寺)
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義仲願状、三島社
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義仲・鎌倉 Year
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鎌倉殿と信州上田
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2021年10月20日水曜日

湖成層の化石

湖成層
湖成層

湖成層
湖成層(右は現代の犬の足跡)

貝化石の破片
貝化石破片の表面。藍鉄鉱化?

藍鉄鉱化した植物化石?
藍鉄鉱化した植物化石?


上小湖成層の貝化石はときどき見てはいるのですが、標本にしたことはありません。露出しているのは半分壊れていて、残りを壊さずに採取するのも難しそうなので。地層を掘り込むわけにもいかず…
窪みは足跡化石かもしれないので注意して見るようにしています。露出が狭く、連続はわかりにくいです。

自由研究の岩石・鉱物採集(桃簾石、オーケン石など)
https://kengaku2.blogspot.com/2021/08/blog-post_20.html
自由研究の化石採集
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看板いろいろ、信州上田・塩田平の日本遺産ストーリー
https://kengaku2.blogspot.com/2021/07/blog-post.html
夏至の朝日と別所線の赤鉄橋
https://kengaku2.blogspot.com/2021/06/blog-post_27.html
Japan Heritage delusions
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2021年8月20日金曜日

自由研究の岩石・鉱物採集(桃簾石、オーケン石など)

桃簾石
桃簾石

オーケン石(オケナイト)・方解石
オーケン石(オケナイト)・方解石

化石採集体験のおまけ?で小さな鉱物標本の作成と観察もしました。
今回はすべて旧真田町産で、桃簾石、オーケン石(オケナイト、ラビットテール)、黄鉄鉱など。
結晶の撮影はやはり機材に依存…
小さい結晶なら身近な場所でもいろいろ観察できてそれなりに楽しめるのではないかと。(化石や鉱物の楽しみは無制限に共有できるわけではないですが…)

今年も作品展覧会はWeb開催(10月中旬~11月下旬)とのこと。
https://event.yomiuri.co.jp/jssa/contact

※公開されました。
令和3年度 第65回 長野県学生科学賞作品展覧会
http://kagakusakuhinten.sakura.ne.jp/

自由研究の化石採集
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看板いろいろ、信州上田・塩田平の日本遺産ストーリー
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夏至の朝日と別所線の赤鉄橋
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2021年5月5日水曜日

蛇骨石のペーパークラフト

蛇骨石の模型
柱状結晶 放射状集合体の模型

展開図
展開図

昨年作成した、蛇骨石(じゃこついし)の模型(柱状結晶の放射状集合体)です。底面を横長にしたタイプ。蛇骨石には決まった形は無く、六角錐というわけではありませんが、破片はこんな雰囲気のものもよく見かけます。

結晶集合体の模型
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折り線引きには書けなくなったボールペンと定規を使っています。切るのは、薄い紙ははさみ、厚紙はカッター(定規は使わず)。
紙は裏紙をよく使います。空き箱のツルツルな表面をやすりで削って印刷してみたり。(廃品使用が目的化してしまい、節約とは言えないことも…)

地方では気晴らしに近くの野山を歩いたりできますが、人との接触がないわけではないので、注意を忘れているとやはり危ないのでしょうね…

2021年2月17日水曜日

志賀溶結凝灰岩(佐久石)、渋沢栄一、力石

内山峡 肬水の志賀溶結凝灰岩
内山峡 肬水(いぼみず)の志賀溶結凝灰岩

渋沢青淵先生内山峡之詩 碑
渋沢青淵先生内山峡之詩 碑より(石材は仙台石(稲井石 井内石))

伝説の力石?
伝説の力石?(加美畑神社)

NHK大河ドラマ「青天を衝け」では内山峡や香坂峠のエピソードもありそうで、楽しみです。(聖地巡礼で「青天を衝いてみたい」という人もいるでしょうか…)
勢衝青天攘臂躋(勢《いきおい》青天《せいてん》を衝《つ》き 臂《ひじ》を攘《はら》い躋《のぼ》る)
「攘臂」は着物の袂をたすき掛けで縛ったという意味でしょうか。(攘は「はらう」と読んだ可能性が高いかも。) 内山峠を勢いよく登り、しかし、険しさと美しさは一つのもので、人も理想と現実の一方だけでなく両方を思うのが良いというような大人っぽい思索をしたり…
もしも渋沢栄一(1840-1931)の没後の内山峡詩碑(昭和15)まであれば、三石勝五郎も大河に登場? 保科百助もちょっとだけエピソードはありますが可能性はないでしょうね。今回は松平忠優(忠固)(開国派のリーダー。日米和親条約・修好通商条約締結時の老中。徳川斉昭の敵?)、それと田中芳男(1838-1916 幕末パリ万博派遣 「日本の博物館の父」と言われる)はどうでしょう…

上田市付近では藍玉販売、般若経奉納、力石 などの話がありました。(事実かどうか疑問点も。藍を敲く石を持ち上げたという話もあるようですが、藍を叩く石(石臼のこと?)に力石ほど大きなものが本当にあったのでしょうか? 藍を叩く石は他にも残っている?)

塩田町教育委員会『塩田歴史年表』(昭和35 1960) 73頁 より
安政5(1858) この年より四ヵ年渋沢栄一藍玉を小県地方に販売にくる。(八木沢資料)

清水利雄編『小県上田歴史年表』(昭和35 1960) 57頁 より
安政5(1858) 此の年より四ヶ年渋沢栄一藍玉を小県地方に販売に来る矢沢とか丸子神畑にその資料現存する
安政6(1859) 8.18 岩下観音堂盤(※般?)若経の一部渋沢栄一寄進 百日咳祈願とした

『渋沢栄一伝記資料』第1巻 p.208-209 より
上田毎日新聞 第三六四六号〔昭和一三年三月一〇日〕
丁度その時この観音様へ六百巻の大般若経奉納の計画があつたので功徳に感じた栄一氏は父市郎左衛門氏《(市郎右衛門)》の名前で一巻を寄進し巻頭に祖父市郎左衛門安知《(市郎右衛門安知)》の戒名を書いて納めた

『渋沢栄一伝記資料』第1巻 p.101 より
雨夜譚会談話筆記 上・第六―八頁〔大正一五年一〇月―昭和二年一一月〕
先生「そう云ふ記憶がない、観音様を信仰する様なこともなかつたが――(中略)由来私は無信心で寧ろ排仏論者である。神様の方はそうでもないが、(以下略)」

(※渋沢栄一に覚えが無く、父、市郎右衛門の名前があるということは、市郎右衛門が奉納し、その話が変化した?)

『渋沢栄一伝記資料』第1巻 p.123 より
上田郷友会月報 第六二〇号・第一五―一七頁〔昭和一三年九月〕
旧幕時代には村々に若者連の集まる場所に力試をする力石と称するものがあつて、今日尚処々に残されて居るものがある、神畑の伝ふる所によれば、翁、青年の際御得意廻りに来られ、村の若者連に参加し此の力石を試みたが、群を抜き若者連一人として翁に及ぶものがなかつたとのことだ。

『渋沢栄一伝記資料』第1巻 p.97 より
御口授青淵先生諸伝記正誤控 第一二頁〔昭和五―六年〕
「よく若い同志で下肥かつぎの競争をしたが、わしは力があつたのだが、どうも肩が弱くて、いつも残念乍らかなはなかつたよ。」

『渋沢栄一伝記資料』第1巻 第1巻 p.181 より
渋沢栄一伝稿本 第二章・第三〇―三二頁〔大正八―一二年〕
先生は生来の健康に加ふるに筋骨逞しく、膂力人に過ぐ、故に剣道の仕合にも、最後には得物を打捨てゝ敵と組打し、遂に勝を得るを常とせり、然れども相撲には極めて弱かりしといふ。又物を担ふの力は、村中にても一二を争ひ、他人の持て余したる俵などを、如何にも軽ろげに運びしこと屡々なりき、又畠を耕し畦を起すに「進さく」と唱へ、五人程同列にて之に従ふことあり、其折にも先生が先に立ちて働けば他の者は容易ならざる苦痛を感じ「若旦那は強力に任せ無理なる仕事のみして困る」とは、彼等が常に訴へたる繰言なりき。


神畑(かばたけ)村の力石の話は昭和13年(幕末から約70年後)上田郷友会月報の記事で事実かどうかは不明。他に記録がなければ創作や誇張の可能性も。
体力の記録は ちくはぐ? 本人の言葉を信じるなら、力は人並み以上。村で一二というのは誇張(お世辞?)で、力くらべや相撲では順当に勝ち、負けたということ? 明治~昭和の神畑の人にとっては一種の英雄譚?(お世辞や皮肉もあった?)
「神畑のお宮(加美畑(かみはた)神社?)に小泉小太郎力験しの石というのがあったそう」という話を聞いて見に行ったことがありますが、わかりませんでした。石垣や台などに転用された? 上の写真の石は少しそれっぽい感じがして、もしかしたら渋沢栄一も抱えたりしたのかもしれませんが、どうでしょうか…
大河ドラマで力石を担ぐ場面があり、「かわべむら」と言っているようでしたが、もし上田郷友会月報の話なら、小県郡川辺村は明治22年発足で、江戸時代から明治前期は神畑(かばたけ)村のはず。

あの大きさの力石でどれくらいの重さなのでしょう。
山形県庄内地方の「5俵かつぎ」について
https://crd.ndl.go.jp/reference/detail?page=ref_view&id=1000254061
(観光用写真で2俵はもみ殻だったという話。米3俵でも180キロ…)

上田市誌に江戸時代から昭和まで盛んだった草相撲や力比べの話が少しありました。(石久摩神社近くの川辺小学校でも力石のような石を見たことがありますが未確認です。)

『上田市誌 民俗編(3) 信仰と芸能』(平成14 2002) 176-177頁より引用
二 力石など
一人前を示す力比べ
 機械化が進む以前の人力による農耕や山仕事をしていた時代は、力のあることが一人前であることの条件で、それがまた自慢にもなったのです。
 築地には、堂庭や火の見櫓《やぐら》の下などに、力石《ちからいし》が残っていますが、大正のころ祭りの夜に若者が集まって、これを持ち上げて力比べをしたといわれています。
 上田原の石久摩神社の境内にも、球形に近い一抱えもある石があって、若い衆が力比べに使った石といわれ、何回持ち上げられるか、地面からどこまで持ち上げられるか、大勢で互いに競ったもので、石の表面がつるつるになっています。
 石神には、かなり豪傑の若者がいて、石地蔵を抱き上げてお地蔵さんの首を欠いてしまったとか、日向小泉では、道祖神の碑を担いで力比べをしたと伝えられています。
 俵を持ち上げる力比べは、上田原で六〇kgの米俵を地面に置いて、続けて何回肩にのせることができるかを競いました。
 上塩尻や別所でも、一定の規格の俵を持ち上げたり背負ったりしたようです。越戸では、土を詰めた俵を担いで走り比べをしたといわれます。上本郷では、棹秤《さおばかり》の分銅《ふんどう》上げをしました。
 越戸では、大正のころにムラの辻などの広い場所で、天秤棒《てんびんぼう》を押し合って棒押しをしたといわれます。小井田でも、地面に描いた円の中で二人が向き合い、三尺(約九〇cm)ぐらいの長さでやや太目の棒で押し合い、相手を円の外に押し出す勝負をしたとのことです。


上田民俗研究会『上田盆地 第18号』(昭和54.6 1979) 19頁より引用
石雑題  酒井 侅
(中略)
 石久摩神社の境内に「力石」というものがある。これは球形に近いひとかかえもある石で、若い衆の力くらべの石であった。
 遊びのなかった昔は、若い衆が、お宮へ集った時など、この石を持ち上げて、それぞれの力を競い合った。
 何回持ち上げられたとか、どこまで持ち上げられた、など大勢で遊んだので、石の表面が、つるつるになっている。
 同じような石が、東部町本海野の白鳥神社にもある。ここの石は四二貫とかで、かんたんには持ち上げることはできない。(以下略)

(※『上田市誌』(2002)の石久摩神社の記述は『上田盆地 第18号』(1979)を基にしたものでしょうか。現状は未確認。文脈から、白鳥神社の力石に似て、それよりは小さいと思われます。)

ちなみに、鎌倉殿の13人 には畠山重忠の他、泉親衡と安念も登場する?(3人は鞍が淵伝説(小泉小太郎伝説)の関係者)

関連して荒船山、内山~下仁田のブラタモリとかもどうでしょうか。例えば、裏街道はなぜ"裏"だったのか? みたいな。(北部より古い火山噴出物で浸食のため険しい?) ただ、地史は難解で不確実な話になるのかもしれませんが。

たび重なる火山活動「本宿陥没」と「妙義火山」
https://www.shimonita-geopark.jp/geosite/geo04.html
兜岩層の化石から日本で初めてのホタル化石が発見されました
https://www.shimonita-geopark.jp/news/press%20relese20210127.html
下仁田町自然史館 研究報告
https://www.shimonita-geopark.jp/shizenshikan/

五郎兵衛記念館 館長の豆知識(2) 渋沢栄一を守り育てた佐久と古文書の世界
https://www.city.saku.nagano.jp/shisetsu/sakubun/gorobekinenkan/mamechisiki/mamechisiki02.html
https://www.city.saku.nagano.jp/shisetsu/sakubun/gorobekinenkan/mamechisiki/mamechishiki10.html
デジタル版『渋沢栄一伝記資料』
https://eiichi.shibusawa.or.jp/denkishiryo/digital/main/
https://eiichi.shibusawa.or.jp/denkishiryo/digital/main/index.php?01
https://eiichi.shibusawa.or.jp/denkishiryo/digital/main/index.php?DK010003k_text
https://eiichi.shibusawa.or.jp/denkishiryo/digital/main/index.php?DK010008k_text

田中芳男-『虫捕御用』の明治維新(長野県立歴史館 2017年度 冬季展)
https://www.npmh.net/exhibition/2020/02/-.php

地質ニュース509号(1997.1)
神津俶祐先生の故郷を訪ねて 八木健三
https://www.gsj.jp/publications/pub/chishitsunews/news1997-01.html

『信濃教育 昭和4年1月』90頁より
五無齋の片鱗 德永晁岷
時は忘れたが、澁澤子爵と成瀬仁藏氏とが、女子大學の基金募集にやつて來た時の事である。例によつて歡迎會が催された。席上に突立つた五無齋は、長野市がかたをつけねばならぬのに其の儘放置して居る事業の幾つかを列擧した。それは長野市が如何に財政上窮迫して居るかを暗示するが爲である。二氏は募集の口を開かずに、倉皇として長野を去つたと云ふ。之を五無齋一世一代の演説と云ふさうである。(以下略)

(※渋沢栄一の歓迎会は明治43年8月長野市でのこと。『信濃公論』明治43年8月20日、9月15日に「渋沢男爵一行 歓迎会席上」の記事があります。)

(※五無斎関係の未公開資料で「公表しないでね」と言われることがあって、たいていは個人情報・権利関係(入手経緯不明品とか)か裏付けがないケース(ガセっぽい とは言いにくそうだったり)なのですが、ある件を研究者の方が記事に書かれたので、裏が取れたのかと思ってその方に問い合わせてみたら未確認だったようで(歓喜バイアスで検証無し?)、後で「伝」が追加されました。伝かどうかも疑わしい話でしたが… 誰がいつ何を伝えたのか、対象物の伝来経路等、できる限りの事実確認が必要で、考察はそれから。不確かな話を公表するのは、関係者には苦痛になるケースも。
新聞等の断片的・一方的な情報から憶測が大量発生。真面目に考えているとしても、自分が憶測で批判される側になったらどうか、想像できない? 全公開が不可なのはお互い様。「当たり前」の押し付け合いと情報不足で、相互に不信感を与えて、個々に都合の良い話を選択していたり…)

(以前からお世話になっている方が実は事情があって遠方に転居中とのこと… 知らずにメールで面倒なことをお願いして甘えていました。相手の状況を確認せず勝手な思い込みによる言動を反省)

信州レイライン
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別所神社、縁結びの謎
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日本遺産ストーリー、子供銀行券、ハーメルンの笛吹き男 (日本遺産スペシャル)
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新しい鞍が淵伝説
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夕日いろいろ 信州上田・塩田平の日本遺産ストーリー
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曲がった直線、裸の王様、袈裟供養
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日本遺産 レイラインの幅
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日本遺産 ストーリーのデパートメント化
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バーチャル別所線ガイドの動画
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2021年2月2日火曜日

鉱物の世界、大人のつきあい

発泡した流紋岩の粒状の黒曜石
発泡した流紋岩の粒状の黒曜石

安山岩の変質した輝石
安山岩の変質した輝石(緑と青黒の部分)

石英閃緑岩表面の角閃石、輝石
石英閃緑岩表面の角閃石、輝石(小粒)

緑色凝灰岩の斜長石の斑晶
緑色凝灰岩の斜長石の斑晶(中央)

流紋岩の斜長石の斑晶
流紋岩の斜長石の斑晶(中央)

植物化石が分解してできた霜柱状鉱物
植物化石が分解してできた霜柱状鉱物(緑礬?)


NHK 所さん!大変ですよ「ブーム到来!?不思議な鉱物の世界」の配信(TVer)を教えて頂いて、見ました。
スピリチュアル、パワーストーンの話はほとんどなく。鉱物標本の擬人化はありました。系統や宗派のようなものもあるのでしょうか…

見立て遊びで、生チョコが「武石」でした。レーズンの黒曜石はアパッチの涙でしょうか。卵は珪乳石、きざみ葱は孔雀石のさざれ?
ケーキは「珪乳石」との表示でしたが、たぶん同じ品物のウェブの写真では「ラピスラズリのオペラ」になっていました。

大きさや珍品にこだわらないなら、身近な石ころの中の鉱物も、拡大して観察するといろいろ特徴があって楽しめるかも。(人とは繋がりにくいかもしれませんが…)

石好きは石と深く関わっているように見えても、その石がいつどこで、どんな環境で生まれ、どんな経緯で今ここにあるのか等の具体的なことは、調べてもよくわからなかったり、知ろうともしていないこともあります。あまり詮索はしない、大人のつきあい方?

雲や空の光も気象の仕組みと関係付けて楽しみたくなりますが、理屈を好まない方向性もあるのかも…

ヒスイハンターの取材では「絶対 売らない」「絶対 売らない」「お金には代えられない魅力がヒスイにはあるという」とのストーリーでした。「注意点」が影響している?(販売目的の採集は違法? ハンターの執拗な採集は常識的範囲内? 穴を掘るのは範囲内?)

ヒスイ拾いの注意点(新潟県糸魚川地域振興局地域整備部より)
 個人の趣味の範ちゅうで常識的な範囲で行う
 高波に十分注意する


黒曜石といえば、隠岐の産地の映像が、少しですが、NHKの番組でありました。
新日本風土記「隠岐諸島」(2021年1月29日 2月5日)
https://www.nhk.jp/p/fudoki/

スピリチュアル系図鑑 辛酸なめ子 第1回 パワーストーン系
http://webheibon.jp/spiritualkei-zukan/2017/04/post.html

石拾い・土砂の持ち帰りが違法になるケース
https://yoi-net.com/archives/3157

ナショナルジオグラフィック日本版
研究室に行ってみた。気象庁 気象研究所 雲の科学 荒木健太郎
https://natgeo.nikkeibp.co.jp/atcl/web/18/013100002/